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株式会社ビッグフット くんぺい事業部

やなせ たかし Takashi Yanaseprofile

砂金の輝き

 昭和四十八年に「おはようどうわ」の連載がはじまり、それは十四年続いて君平さんが永遠の旅行に出発する直前までかき続けられた。文字どおりのライフワークである。

 土曜日の毎日新聞の「おはようどうわ」を楽しみに大きくなった読者も、またこの本で今はじめて「おはようどうわ」を読む読者も、あらためて東君平の魅力の素晴らしさに驚かれると思う。

 たとえばそれは高山の氷河の傍に咲いている一群の花のようである。

 ほとんどの人は氷河の景観に眼をうばわれて、ちいさな花の美しさを見落してしまう。

 しかし、眼を凝らしてよく見ればこの花の美しさは並たいていのものではないことがすぐに解る。

 新聞紙の片隅の三十秒で読めるみじかい童話は流れるニュースの大河の中で砂金のように光っていた。こうやって一冊の本にまとめて見ると砂金の輝きはいよいよ強く良質で純粋であったことを知る。

「おはようどうわ」はそのみじかさのためにかえって東君平という稀代の天才児の本質がよくでている。

 東君平は最初には切絵の名手としてはくらの世界に登場してきた。

 その切絵は今までの切絵にはない詩的精神にあふれていて見る人を驚かせた。

 一刀の冴えというか気迫ある切口で見事なものであった。そのまま進めば世界的な切絵芸術家として名をとどろかせたにちがいない。

 初期の精密な切絵の魅力に心をうばわれたのは何も英子夫人だけではなかった。

 ぼくは君平さんに聞いたことがある。
「惜しいね。最初の頃の作風を棄ててしまったのは」

 君平さんは例のまぶしそうな眼をして言った。
「あれは時間がかかって面倒だから」

 ぼくはこの一言ですべてが解った。
 東君平は職人として暗い仕事場にとじこもって朝から晩まで根気よく仕事を続ける人ではない。

 東君平は風のようだ。
 停滞せずに吹きぬけていく。

 「おはようどうわ」にも切絵のイラストはかならずついていたが、一刀両断、抜き打ちの必殺剣、この切れ味の凄さに心ある読者はすでに気づいていたが、世間が知りはじめるのはだいぶおくれてからのことで、君平さんはその早すぎた晩年になって流行作家になり仕事が殺到するのである。

 君平さんは自分で「ぼくは作家だ」と言っていたように、たとえ人気があったとしても切絵の職人芸になることは拒否していた。

 ぼくはいつも優れた作家は自分の人生で作品をかくと言っているが、東君平もその例外ではない。

 長女の菜奈ちゃんの文章を読むと、
「話そのものは私たちの日常生活のスケッチです。そしてその作品の中には父の無言のメッセージがこめられていました」

 とあるが、「おはようどうわ」に登場してくるおサルさんやタヌキやリス達はみんな君平さんの分身で、お話はその日常生活のスケッチであったことが解る。

 童話というのは奇想天外な空想をかくと誤解されているし、まるで童話のようなという形容はこの世では起こりそうもない現実ばなれしたことのように思われているが、優れた童話は真実そのもののスケッチであり、作者の強いメッセージがこめられている。

『星の王子さま」にしても、『不思議の国のアリス』にしても、みんなそうだ。
 すると作者自身の精神生活が童話的でなければ優れた童話はかけないということになる。

 ぼくはこのことを念頭において、ぜひ「おはようどうわ」をもう一度読みなおしてみてほしいと思う。

 だからもちろん、君平さんの家族は奥さんの英子さんも二人のお嬢さんも君平さんの「おはようどうわ」の大ファンであった。

 君平さんは不平や小言を言う人ではなかった。君平さんの考えていることは「おはようどうわ」を読めばすべて解った。

 作品の中で家族は君平さんと対話できたのだから、こんな素晴らしいことがいったいあるだろうか。

 そしてこの純粋なメッセージは君平さんの家族とおなじように見知らぬ多くの読者の心にも語りかけるのである。

 しかし有名な文学賞の候補になるようなことはなかった。なぜなら、審査員のどの人よりも東君平の方があまりにもズバぬけていて普通の常識ではえらべなかったのだ。

 東君平はまぎれもない天才である。

 ぼくはまぎれもない凡才だから、凡才が天才の解説をするのは身のほど知らずのような気がする。しかしあなたなら、ぼくよりも、もっとこの童話集の良さが解ってくれるはずとぼくは確信する。



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敬称は省略させていただきました。