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株式会社ビッグフット くんぺい事業部

岸田今日子 Kyouko Kishidaprofile

落下傘つき花火

  クンペイさんと、慣れ慣れしく言ってしまうけれど、東君平さんにお逢いしたことは、一度しかない。

 姉(岸田衿子)が絵本の仕事をしていて、クンペイさんとも何冊か御一緒に組んだことがある。そんなわけで或る夏、群馬県の姉の山小屋に見えた時、わたしもお逢いしたのだった。

 山小屋のベランダは、東側が足許から谷に向かって、かなり急な斜面になっている。だから深い緑の雑木林を、眼の下に見下ろすことになる。クンペイさんは、昼間打ち上げる、あれもやっぱり花火というのだろうか、中から落下傘が飛び出す花火を、抱え切れないほど持って来ていらっしゃった。そして次から次に、その雑木林の上に向かって発射するのだった。

 あの色とりどりの落下傘と、それを黙って別に嬉しそうな顔もせず、むしろ生真面目にというか、子供のように真剣に打ち上げているクンペイさんの横顔を、はっきり思い出す。

 クンペイさんの眼は大きくて、少しロンパリ(古いか)じゃなかったかしらんと、わたしは勝手に決めているのだけれど、もしかしたらクンペイさんの動物たちが、みんな黒眼だけだから、自分で作った白眼の中に、あの黒眼を当てはめて動かしたら、そうなってしまったのかもしれない。

 何年かして、アニメ作家の岡本忠成さんが「おはようどうわ」の中のいくつかを映画化することになって、わたしにナレーションのお話が来た。岡本さんは事務所を通さないで、大阪弁で電話してくる。岡本さんとは前にも何回か御一緒にお仕事をして、いつも面白かったし、しかも「おはようどうわ」だ。即座に「させていただきまあす」と言ったら、嬉しそうに「あっはっは」と大阪弁で笑った。

 そのアニメは、いろんな色と太さの毛糸を使って作られている。クンペイさんの動物は、ほとんど黒い強い線だけなのに、毛糸でできた動物たちは、もちろんクンベイさんの線を使いながら、優しく柔らかくて、むしろお話の味を形にしていると思われた。

 ミミズクの親子が並んで枝に止まっている「ながれぼし」とか、気の弱いキツツキが、「ぼくはキツツキでは生きていけない」と思ったりする話も大好きで、本当に楽しいお仕事だった。「もっとたくさん、作りましょうよ」と言ったら岡本さんは、「作りたいですねえ。時間はかかるけど」と言っていた。たしかに、ほんの少しずつ毛糸をずらして撮っていくのは、さぞ大変だっただろう。でも、アヒルの子供が家出する話なんかは、黄色のフワフワがとても似合って、あまり大勢の人が見る機会のないことが残念だ。

 クンペイさんは、どうごらんになったのか伺ってみたいと思っているうちに、亡くなったと聞いた時は信じられない気持ちだった。そして追うように、岡本さんも亡くなった。お二人の思い出が、あの昼間の花火から飛び出した落下傘のように、濃い緑の雑木林の中へ入って行くのを、わたしは見ているしかない。

 クンペイさんの童話には、いつもいい匂いの風が吹いている。お母さんに叱られてばかりいる「こブタ」や、自転車で通るお兄さんを見て赤くなる、キツネのお姉さん。だれとだれの間にも、風とは気がつかないほどかすかな、少し甘くて少し悲しい匂いの風が吹いている。だから落下傘は、それぞれの色をゆっくりゆっくり見せながら、風に運ばれて時には思いがけないほど遠くへ飛んで行く。

 何年前だったか、奥様が作っていらっしゃる小淵沢の童話館に、姉と一緒に伺った。春の終わりで、優しい野の花が門から玄関までを飾っていた。クンベイさんの原画や絵本があふれて、やっぱりあの匂いの風が吹いていた。芥子色に、黒い線のタヌキが描かれたTシャツを、記念に買って帰った。今も着ている。


 

くんぺいさんのこと 

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安珠  An Jyu  
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敬称は省略させていただきました。