本文へスキップ

株式会社ビッグフット くんぺい事業部

安珠 An Jyuprofile

小さなしあわせと美しい物語

 二年前の夏、中学時代の古い友人から一通の手紙が届きました。久しぶりの手紙には、「会いたい!」と、元気よく一言だけ書いてありました。その入らしい手紙です。そして、その文字がしたためられている便箋がとても気に入りました。

 オレンジがかった紙の右端にぶどうを見つめているキツネが、小さく描かれています。それは、わたしの大好きな東君平さんの切り絵の便箋でした。

「君が好きそうだから」と、この便箋を見てなんとなくわたしを思い出したことが、追伸に書いてありました。わたしは君平さんの作品が好きだとその友人に話したことがなかったので驚きました。さすがは友だちです。

 わたしはリアルタイムで、毎日新聞に掲載されていた「おはようどうわ」を読んでいました。その頃、土曜日には家族全員で食事をし、「おはようどうわ」のコラムについて話すこともありました。もしかすると、友人の家でも同じように読んでいたのかもしれません。

 わたしは八二年から六年間パリに住んでいたので、新聞の紙面から「おはようどうわ」が消えてしまったいきさつを知りませんでした。帰国して、土曜日の楽しみがひとつ減っていることに気づいても、毎日が忙しくて、それを誰かに問うこともないまま、君平さんの絵や詩に、またどこかでふれられたらと思っているだけでした。

 それがようやく、わたしの日常に古い友人と一緒に飛び込んできたのです。絵や詩も音楽のように、見ていたそのときの時間を一瞬にしてよみがえらせる不思議な力を持っています。わたしは、その一通の手紙から、昔の時間が舞い降りてきたような気がして、懐かしさで胸がいっぱいになりました。

 もちろん、手紙をくれた友人にも会いたくなりました。中学の頃からたくさんの友だちに囲まれていた人気者の男の子です。さみしがり屋ともいうのでしょうか、彼はひとりでいることがほとんどありませんでした。とても好奇心旺盛で、いつも風のように走っていました。そのくせ、どこか孤独な面を持っている多感でナイーブな少年でもありました。

 二十年も前のことになりますが、仲の良かったわたしたちは誰にもないしょで、天の川を見に行こうと真夜中に家を抜け出したことがあります。

 その友人は幼い頃、自然の豊かな島に住んでいたので、東京の天の川を見上げて笑うかもしれないと思いました。でも、友人は感動していました。

「すごい! こんなにたくさんの星を見たことがないよ! いつも近くの月ばかり見ていたんだな」と、うれしそうに、うんと遠くの星を一生懸命に仰いで、はじめて見るたくさんの流れ星に願いをかけていました。

 その日は夕方まで強い雨が降っていたので、辺りの草はまだしっとりと濡れていましたが、わたしたちは地球に大の字になり、背中に冷たさを感じても、美しい星を見続けました。

「ぼくが星になったら、君の願いをかなえてあげるね」と、友人は星のように輝く大きな瞳で言いました。

 その手紙がきてから不思議なことに、いろいろなところでわたしは君平さんの絵を見かけるようになりました。そして、七年も経ってから、君平さんが天国へ旅立たれたことを知ったのです。ファンとして自分が情けなくなりました。

 人生は謎です。一瞬しか生きられないのに、なぜ、わたしたちは生まれるのでしょう。その一瞬にも永遠の物語を残していった君平さんから、わたしたちは多くを学べるはずです。

 この本の中に「ほしぞら」という物語があります。それは、かえらない卵をフクロウが巣から落として割るという表面的には残酷なお話です。でも、君平さんは日常の出来事の中に、宝石のような真実をいつも見つけ出します。それをひらいた心とひらいた言葉で描くので、読み手は裸の心になり、ふだん見えないことも感じてしまいます。だから、わたしたちは君平さんの魔法によって、フクロウの悲しい知恵とやさしい心が見えるのです。

 君平さんの世界にふれると、自分の大切な想いを素直に表現してゆけたらと思います。日常で見落としている小さなしあわせや美しい物語を感じてやさしく生きてゆきたい。それが残された者の生きている意味を探すカギになるのかもしれません。

 手紙をくれた友人とわたしは、会いたくても会えなくなってしまいました。なぜなら去年、友人は星になってしまったからです。

 天の川での約束を友人は今もおぼえているでしょうか。わたしは夜空を見上げる度に、なにをお願いしようかと思いをめぐらせます。そして同時に君平さんのことも思い出します。すると小さな自分にもしあわせを感じて、願いなどなくなるのです。もっともっと、自分で頑張ろうと思います。当分、お願い事はおあずけです。



くんぺいさんのこと 

やなせ たかし  Takashi Yanase
↑続きを読む
------------------------------------
岸田今日子  Kyouko Kishida  
↑続きを読む
------------------------------------
辻 仁成  Hitonari Tuji
↑続きを読む  
------------------------------------
さだ まさし  Masashi Sada  
↑続きを読む
------------------------------------
エム・ナマエ  Emu Namae  
↑続きを読む
------------------------------------
石原 均  Kin Ishihara  
↑続きを読む
------------------------------------
桂 文我  Bunga Katsura  
↑続きを読む
------------------------------------
敬称は省略させていただきました。