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株式会社ビッグフット くんぺい事業部

エム・ナマエ Emu Namaeprofile

同情を超越した同体の人 東君平さん

 一九八六年が明けてすぐ、君平さんは失明直前のぼくの前に、いきなり現れた。

 予告なしの訪問は、ぼくが画家仲間から逃げるようにしていたから。画家の失明は致命的だ。その失明を宣告されたぼくは、同業者からの同情だけはもらいたくないと考えた。そのため、失明宣告の事実だけは極秘にしていた。視力の衰えをかくせなくなったとき、ぼくは姿を消す。君平さんは、その心持ちを察してくれていたのだ。

 誰よりも君平さんには会いたかった。会えなかったのは失明の事実を伝えなくてはならなかったから。でも、君平さんは現れた。ぼくの母から事情を聞き出したのだ。

 握手を交わしたのは二年振りだったろうか。思っていたより、ぶ厚くしっかりした手。そのとき、君平さんの姿は影のようにしか、ぼくには映っていなかった。君平さんの手の厚みに気がついたのは、そのためだ。君平さんは体の大きな人ではなかったが、その手を通じて、彼の人間を見た。それは男そのもの。空想の兄貴のように強く大きく、やさしい人間像であった。

「エム。この頃、ぽくは詩を書いてる。子供達にいい詩を残したいと思ってね。聞いてくれるかい」

 君平さんの朗読。それらの言葉は、ぼくの心に染み渡った。その詩の中で、ぼくの知っている君平さんの顔が笑っていた。会いたくて仕方のなかった人がいたのだ。

「大丈夫」

 いつも口癖のようにいっていた言葉を、ぼくのために残して君平さんは帰っていった。しかし、そのときのぼくは生きているのが不思議な状態だったのだ。

 翌月、腎臓機能障害で緊急入院したベッドで、ぼくは完全に光を失う。君平さんは、そこへも現れた。ときにはひとりで。ときには友人連れで。それから、次々と見舞い客が訪れるようになってきた。

 退院後、君平さんの呼びかけで、ぼくの「失明記念展覧会」が開かれた。オープニングパーティー会場からは人があふれ出し、二次会の席で、君平さんは言葉少なく、こんな挨拶をしてくれた。

「こういう問題は、エムだけのものではありません。明日のみんなが抱える問題なのです」

 一九七七年、ケニア旅行で君平さんとぼくは急速に親しくなった。その後、夜の酒場を共に歩き、旅もした。そして、これはぼくの家族が経営するペンションの所在地、裏磐梯を訪れたときのこと。美しい箱庭を思わせるこの土地は、ぼくが子供時代から毎年、夏休みを過ごした場所。庭のように熟知している。ぼくは山奥に落ちる見事な滝へ案内した。それを観た彼は、ぼくにこう囁いた。

「あそこの崖に草がはえているだろう」

 彼は、滝壷を囲むように繁茂している、名前も知らぬ植物群を指差していた。

「あの人たちは頑張っているねえ。一年中、朝から晩まで滝壷からの水煙を浴びているんだよ。ぼくだったら、イヤんなっちゃうね」

 これが君平さんの視線だった。視点だった。彼にとっては、山奥の崖にへばりついている名も知らぬ雑草でさえ、自分のことなのだ。

 君平さんとぼくには唯一の共通点がある。それは他人からの評価が二分されるという点である。よくいう人達と、そうでない人達のギャップが小さくはないのだ。どうしてだろう。もしかすると、その生き方が、容易に理解されにくいものなのかもしれないし、その逆に、そのあり方を他人があまり認めたくないものなのかもしれない。だから、ハートが共鳴し合う相手を得たときの喜びは大きい。どこまでも相手を大切にする。現在、ぼくは君平さんに対して自分と同じ思いを抱く友人に恵まれている。その思い出話は、君平さんの人への真剣な関わり方に落ち着く。ただの酒飲み友達には見えてこない、人生の土壇場で心を通わせ合って初めて知ることのできる、君平さんの人間そのものについての思い出なのだ。ある日、君平さんはこう語っていた。

「ぼくには新聞配達時代からのMという親友がいる。彼は夢を実現して、一級建築士になった。当時、仲間達はそれぞれの夢を語り合ったものだ。でも、みんなその場しのぎの無責任な話題にしか過ぎなかった。語り合った夢を実現したのは、ぼくと彼だけだ。だから今でも、ぼくらは親友同志なんだよ」

 失明したばかりのぼくは童話作家に挑戦していた。しかし、書けない。ある早朝、君平さんから電話があった。

「楽しいものを書けばいいんだ。今、エムの抱えている問題は、子供達には関係がない。自分の苦しさを彼等に向けてはいけないよ」

 その朝から書き出した童話で、ぼくは新入賞をもらう。しかし、きっかけとなったアドヴァイスが、ぼくへの君平さん最後の声になろうとは、そのとき想像もしていなかった。見舞われたぼくが見送って十年が経過した。



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敬称は省略させていただきました。