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株式会社ビッグフット くんぺい事業部

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さみしがりやの魔法使い
東 君平物語
西島三重子 「東君平の世界」より 

画家として、童話作家として多くの人に親しまれた東君平さんが肺炎のために亡くなったのは昭和61年12月3日だった。46歳・・・。

そのあまりにも呆気なく、あまりに早すぎた死の知らせに、いたずら好きの君平さんの冗談ではないかと 思った人も少なくなかった。けれどもそれは、いたずら でも冗談でもなかった。

少年のような目と心を持ち続けた君平さんは、もう帰っては来ない。 「忘れない」 という魔法を、わたしたちにかけたまま、君平さんは逝ってしまった。

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くんぺいさんのこと

やなせ たかし
takashi yanase
東君平さんは天才である。それもこの世には珍しい妖精タイプの天才で、詩人仲原中也と同タイプである。
君平さんは天から与えられた才能を持つ詩人だった。
ぼくは彼の詩を読むといつでも感動した。君平さんにはかなわないと思った。現在の詩には 欠落しているこころよいリズムと何よりも感性が優れていた。 君平さんの詩と比較すると、俗世の詩はみんなダサい感じがする。へんに作りすぎている。こういう詩が天性の詩人なのだ。
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岸田衿子  
Eriko Kishida
かれこれ二十数年前のことになる。色の絵本というシリーズが出ることになって、何人かの 画家と童話作家が一ヶ所に集められた。一人だけ特別に子供っぽく見える絵描きが混じっていて、この人が君平さんだった。彼が「おはようどうわ」 などを書きに小瀬温泉(軽井沢)によく行く話が出て、その延長で六里ヶ原の私の山小屋にも現れるようになった。とめども湧いてくる君平さんの独特 な物語りと、黒でくっきり切りとった絵の組み合わせは、どちらをはずすわけにも行かない。すてきな完成した世界なのだ。

岸田今日子 Kyouko Kishida ←続きを読む
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辻 仁成
Hitonari Tuji
ぼくの母は、君平夫人の英子さんのいとこにあたる。君平さんの生き方を間近に見たことにで、 自分にも何かの才能があるかもしれないと、思うようになったのだ。ぼくが混沌として悩んでいるときも、いつもぽろっと言うさりげない言葉の中で何 かを伝えてくれる人だった。大切なのは一生の中で、どれだけ自分を地球にきざむことができるかということだ。芸術であろうが、愛であろうが、一生 懸命やったことを残せと教えてくれた。ぼくはそのパワーだけは受けついでいるつもりである。
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*サンリオ 「東 君平の世界」より
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さだ まさし  Masashi Sada  
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安珠  An Jyu  
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エム・ナマエ  Em Namae  
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石原 均  Kin Ishihara  
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桂 文我  Bunga Katsura  
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敬称は省略させていただきました。
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